東京の古着屋さんのルーツ
投稿サボってしまい申し訳ありません。
米国のBIRDWELLというサーフトランクスのディーラーもやっている都合上、連休前の通関、入出荷でバタバタしていました。
僕はあまり古着についてお話ししていないので今日はちょっとルーツを思い出しながら書いてみます。
まずはやっぱりアメ横ですよね。玉美、守屋、…ハナカワ辺りではいわゆる中古のジーンズを販売していたと思います。ただ、他に中古のシャツがあったりスエットシャツがあったりした覚えがないんですよね。ひたすらジーンズでした。形もサイズもぶっ込みで凄い物量でしたがお店のお兄さんにほしいものを伝えると一緒に引っ張り出してくれ、説明をしてくれるという感じでそこで知識の蓄積をしていくわけです。。後は中田商店のように軍物一直線なお店には兵隊が着ていたような中古のユニフォームが売られていました。たぶん60年代はそんな風にマーケットが被らないようになっていたのかもしれません。
70年に差し掛かる頃にあのハリウッドランチマーケットが青山のキラー通り沿いのビルの2階に開店しました。今の様子とは全く異なり100%アメリカの古着を扱っていました。古着をきれいにセグメントして陳列しているのを見たのはそこが初めてだと思います。お香のにおいを嗅いだのも初めてかもしれません。青山1丁目のEIKOも中古のジーンズは豊富でしたね。
シカゴもありましたがもう少しスリフトよりの印象です。
75年に読売新聞からMADE IN USA CATALOGが出版され、そのあたりから怒濤のように古着屋さんの開店ラッシュ。原宿の赤富士、バックドロップが渋谷パルコの交差点のビルの2階にオープンし、更に現在の古着屋さんの骨子を作り上げた気がします。当時、ガリ版刷りのお店のフリーペーパーがあり、実は#501にはこういった変遷がありますという情報がてんこ盛りでした。オキドキも老舗ですよね。
その頃、大学に籍を置いたまま自由が丘でサーフショップをやっていましたが、波乗りの道具にはお金をかけるけど服にはお金をかけません。でもアメリカ人みたいな格好はしたい人ばかりで古着屋さんは大賑わいでした。
誰もがジェリーロペスになりたかった時代ですね。
そんな感じで僕の中でルーツはランチとバックドロップが今の業態のルーツのような気がします。
ただその頃の洋物っぽいポップスをやっていた大瀧詠一、ハッピーエンド含め中央線沿線なんですよね。LPのカバーなんて見るとヤバイぐらいいい服着てます。特に伊藤銀次がすごい。あの沿線にもっとコアな古着屋さんがあったのかもしれませんね。
ご存じの方がいらっしゃったら是非教えてください。
PS :以前お話しした福生のボストンテーラーのホームページがありましたのでご紹介しておきます。今も本気にアメリカ人の服です。
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